コラム

目的と手段を履き違えよう

写真はキリマンジャロ頂上から見たMawenzi峰(5149m)

目的と手段を履き違えてはいけない。

よく聞く言葉です。これは目的を達成するための手段がいつの間にか目的になってしまって本来の目的を忘れてしまうことで、よくないこととされています。

手段が目的になってしまうことがよくないことなのであれば、その逆である目的を手段にすると言うのは良いことなのでしょうか。

そうです。良いことがおきます。

以前、20年働いたので10日間のリフレッシュ休暇を取れることになりました。土日を含めると16日間の休暇となります。せっかくの休暇なので、キリマンジャロ登頂(5895m)に挑戦しようと思いました。こんな機会は人生にそうあるものでもなく、年齢などを考えるとたった一度のチャンスかもしれません。

挑戦するからにはみっともない結果になりたくないと言う気持ちから週末行ける時には富士山に登って高所順応に励みました。結果として富士山に8回登ってキリマンジャロに挑戦し、無事登頂することができました。キリマンジャロから帰ってきてから富士山に2回登りましたので、その年は富士山に10回登ったことになります。

次の年から1年に1回は富士山に登ろうと決めて毎年登っていました。しかし、すごくきついのです。1年に10回登った男が1年にたった1回登るのも大変に感じるようになりました。

何が違うのだろう。考えてみました。

1年に10回登れた年は、キリマンジャロに登頂することが目的で、富士山は手段だったのです。しかし、毎年1回は登ろうと思った時の富士山は、それ自体が目的だったのです。

つまり、何かをやろうとした時により上位の目的を見つけ、やろうとしていたこと(目的)を手段にしてしまえば、辛さも多少は楽になります。

英語の勉強をしなければいけない。それは英語の勉強をすることが目的になっています。それを手段にすることによって辛い勉強が楽しいものに変わるかもしれません。つまりいずれアメリカに旅行に行こう。そしていろんな人と話をして異文化に接しよう。そのために英語を勉強しよう。

アメリカで異文化に触れることを目的とすることで英語を勉強することが手段になり、楽しく感じるはずです。

どうでしょう。

何か辛いこと、大変なことをやらなければいけない時、それを手段にすることで辛さが緩和されたり、楽しくやれるようになります。

参考にしてください。

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