コラム

永劫回帰(えいごうかいき)

スティーブ・ジョブズは、2005年にスタンフォード大学の卒業式で講演をしています。

Stay Hungry, Stay foolish

この言葉はあまりにも有名ですけれども、この講演で以下の話もしています。(意訳)

私は17歳の時に次の言葉に出会いました。

「今日が人生最後の日だと思って生きれば、いつか必ずその日が来る」

それから33年間の間、毎朝鏡の中の自分に向かって

「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていたことをするだろうか」

と問い続けてきました。

「No」と言う答えが何日も続くようなら、何かを変える必要があると思っている

自分は熱烈なアップル信者でジョブズが好きですけれども、この考えには賛同できません。なぜなら、この考えでは、1年、あるいは10年かかってもやり遂げなければいけないことをやろうと言う気にはならないからです。

そう思っていたところ、自分の考えにあった考え方があることを知りました。わかりやすくするために物語風に話をします。

ある時、神様が目の前に降りてきて、

「あのな、大事なことを教えてやるから、よく聞いておけ」

そう言います。そして、

「お前、これまで生きてきたよな。これからも生きていくと思うんだけど、この人生が終わって、それで終わりじゃないんだよ。また、 繰り返しなんだ。しかも全く同じ人生をな。何度も、何度も永遠に繰り返すんだよ」

と、神様が目の前でそう言って行ってしまいました。

さて、あなたならどう思いますか?

「えー、またこんな人生を歩むの」 と残念がるのか、 「やった! またこの人生を歩めるのか」と喜ぶのか、いずれでしょうか。

今まで多くの人にこの話をして来た感じでは、 前者の「えー」と言う意見の人が少し多いように感じました。

では、この 「えー」 と 「やった」 の違いはどこで生じるのでしょうか。いくつか理由が考えられると思いますけれども、 その一つとして、 自分の足で自分の人生を歩んできたかどうか、自分の頭で考えてきたかによるものではないかと思います。

実はこの話には続きがあります。

神様が戻ってきて

「わりぃ、わりぃ。大事なことを伝えるのを忘れとった。

あのな、人生は同じことを永遠に繰り返すと言ったんだけど、今回が1巡目なんだよ。

つまりな、これからの人生はまだ白紙なんや。

じゃあ、大切に生きろよ」

と言って行ってしまいました。

どうです。この考え方、素敵だと思いませんか。残りの人生の1日1日を大事に生きようと思うようになりませんか。

この話は、ニーチェの「永劫回帰」と言う考え方が元になっています。興味があったら調べてみてください。

歳を重ねるにつれて経験も増え要領もよくなります。これは素早く仕事をこなせるという良い面がある一方で、 固定概念も増えてくることになります。「これは、やってはいけないこと」「こうすれば、早く結果に結びつく」など、深く考えることなく判断をしてしまいがちになります。そしてルーチンワークのように1日を過ごしていませんか。

1日1日をよく考えて(味わって)生きた(活きた)方がいいと思いませんか。

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