旅レポート

鳥羽山城跡、二俣城跡

静岡県浜松市にある二俣城跡

本日のサマリー

76日目:静岡県浜松市〜静岡県掛川市

走行距離 55.3Km

今日は、別郭一城と言われる鳥羽山城跡と二俣城跡を観に行きました。

ぷらっとパーク NEOPASA浜松 (上り)の朝です。曇りで時折雨がぱらついています。

ここには、大型犬と小型犬共用のドッグランと小型犬専用のドッグランの2つがあります。

ぷらっとパーク NEOPASA浜松 (上り)に泊まった人は少なかったです。

今日の朝ご飯は、NEOPASA浜松上りにある天神屋 ドライバーズスポットで買ってフードコートでいただきました。たぬきおにぎり200円、具だくさん豚汁250円、味付玉子(コンビニ購入)です。

豚汁は自分で容器に入れるため、本当に具だくさんにできます。ご満悦おばさんは、豚汁じゃなくて、豚具(とんぐ)だと笑っていました。確かに汁より具の方が多いような気がします。味は普通ですが、満足感があります。

ご満悦おばさんは、おにぎりが梅おにぎり160円で同じメニューでした。

車の中とは違うところでいただく朝ご飯は、違った雰囲気でいい感じです。

今日は、鳥羽山城と二俣城を観に行きます。

浜松市にある鳥羽山公園 駐車場に車を駐めました。

鳥羽山城と二俣城は、永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いを契機に今川氏によって築かれたと考えられています。永禄11年(1568年)今川氏の滅亡により、両城は徳川家康が領有することになりますが、三方ヶ原の戦いがあった元亀3年(1572年)には武田信玄によって攻路されました。長篠の戦いがあった天正3年(1575年)まで、徳川方と武田方によって両城をめぐる激しい攻防戦が展開され、武田方の二俣城を攻める際には、ここ鳥羽山城に徳川方の本陣が置かれました。
その後、天正18年(1590年)まで鳥羽山城と二俣城は徳川方が領有しましたが、家康の関東移封に伴い豊臣系の大名である堀尾氏が遠江に入ると、浜松城主堀尾吉晴の弟宗光が二俣城主となります。
この頃に鳥羽山・二俣両城は石垣が築かれるなど現在みられる姿に整備されました。

鳥羽山城跡(鳥羽山公園)です。(クリックで大きくできます)

ここ鳥羽山城は迎賓機能を備えた領主の居館だったと推定されています。

ここから大手道に入っていきます。ここからはギャラリー形式で掲載します。(クリックで拡大できます)

 

駐車場に戻ってきました。所要時間は約40分でした。

浜松市にある二俣城駐車場に車を駐めました。

別郭一城のもうひとつである二俣城跡です。鳥羽山城が迎賓機能を備えた領主の居館と推定されていたのに対して、ここ二俣城は、天守が築かれ、瓦葺きの門が建てられるなど、軍事的な機能に優れた本格的な城郭が整備されます。

ここから入城しました。

ここから先はギャラリー形式で掲載します。クリックで拡大できます。

確かに守りを意識した造りとなっている城跡でした。

駐車場に戻ってきました。所要時間は、約30分でした。

浜松市にある知久屋 西美薗店で食材を調達しました。ここは無添加のお惣菜を扱っているお気に入りのお店です。

今日のお昼は、浜松市にあるスシロー 浜松北島店でいただきました。

掛川市にある道の駅 掛川に着きました。

以前、ここに来たときには、この樹に梅の実が成っていました。今日は、きれいな花を咲かせています。

美しい梅がたくさん咲いていました。

このまま帰り着くと思っておられる方もいらっしゃるかもしれませんが、ところがどっこい。

今日は、ここに泊まります。

では、また明日。

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