円良田ダム、円良田湖、八幡神社、競進社模範蚕室、本庄市立 塙保己一記念館、雉岡城跡(城山公園)
埼玉県本庄市にある競進社模範蚕室
4日目:埼玉県小川町〜群馬県藤岡市
走行距離 43.5Km
今日は、塙保己一(はなわほきいち)という人について学びました。カミさんが名前を知っているくらい有名な人なのに、僕が知らなかったことが恥ずかしくてなりません。
Contents
出発
埼玉県小川町 道の駅 おがわまち
先日、行方市の焼き芋を題材にしたTV番組「プロジェクトX」を観て、石焼き芋が食べたいと思っていました。ちょうど、ここの道の駅のお店の前で石焼き芋(紅はるか)を売っていましたので買いました。
「密です、密です」じゃなくて「蜜です、蜜です」
蜜がたっぷりで、とても美味しかったのです。数十年ぶりに石焼き芋を食べたのですが、今の石焼き芋は、こんなに甘くて美味しいんですね。また、あったら買おうと思います。
ここの道の駅は、昨年の5月にリニューアルして、きれいになりました。お土産品や農産物を扱っています。お惣菜もありますが、僕らが着いた時には、ほとんど売り切れておりました。トイレは、お店に向かって右側に小8、大4(洋4 洗浄便座付き)の中くらいのきれいなトイレがあります。
小川町は紙漉きの町で、見学、紙漉き体験できる施設が併設されています。
今朝の道の駅です。車中泊をしたのは10台くらいでした。
道の駅のレイアウト図です。この図の左側に
とても広い駐車場があります。到着した時には、こちらに駐めました。
売店の裏にはお花畑がありポピーと思われる花が咲いていました。
ここの道の駅は、落ち着けるいい道の駅だと思います。
ところで、9月から道交法が変わり、センターラインのない地域住民の日常生活に利用されるような道路は(別途、最高速度が指定されていない限り)制限速度が30Km/hになるのだそうです。道が狭いのに頭がおかしいんじゃないのと思うくらいのスピードで走る人がいるので、そういう人を取り締まってほしいと思います。もちろん、僕が取り締まられないように安全運転で走るのは前提としての話です。
訪問先
埼玉県寄居町 円良田ダム(つぶらた)
円良田ダム 駐車場に車を駐めました。
ここからダムを上っていきます。円良田ダムは、アースダム(もしくはアースフィルダム)という土を台形状に形成して建設したダムです。
この先にダム湖があるはずなのですが、ガードレールが少し見えているのが気になります。
ダム湖がありました。円良田湖です。
釣り人用のボートですかね。
円良田湖を観たくて来たのですが、それほどでもありませんでした。天気がよければ、もっと美しかったかもしれません。
埼玉県本庄市 八幡神社
神社の駐車場がよくわからなかったので、近くにある本庄市児玉児童公園 駐車場に駐めて、そこから歩いていきました。
参道入口です。
見どころに関する説明がありました。
境内配置図です。
由緒などです。御祭神は、八幡神社の三柱である誉田別尊(応神天皇)、姫大神(応神天皇妃)、気長足姫尊(神功皇后)です。
参道です。
随神門です。
拝殿です。
唐破風向拝と千鳥破風の付いた銅板葺入母屋造平入の拝殿と三間社流造の本殿を石の間で繋いだ権現造です。
向拝下の彫り物は歴史を感じさせるものでした。
木鼻も同じく独特の色合いをしています。
本殿の側面は、それほどでもありませんが、
背面の彫り物がなかなかものでした。
別角度から
どことなく妻沼聖天山歓喜院の本殿(国宝)を思わせるものがあります。
ところで、Googleマップでわからなかった神社の駐車場は、拝殿に向かって参道左側にありました。さらに左側に道路があって、そこから駐車場に入るようになっていました。写真は、参道から駐車場をみたところです。左に公道があります。
埼玉県本庄市 競進社模範蚕室
建物の正面にある駐車場に車を駐めました。
ここは、蚕の育成環境を自然条件に委ねるのではなく、人為的・人工的に作り出し養蚕を行う「一派温暖育」を作り上げた木村九蔵に関する資料と、その蚕室を展示した施設です。
その木村九蔵の鏡像と模範蚕室です。屋根の高窓(越屋根、ヤグラ)が特徴的です。
入館料は無料です。
他の高山社跡や田島弥平旧宅などは、世界遺産に登録されているのですが、なぜかここは世界遺産に登録されていないのだそうです。
蚕室や説明のためのパネルを写真に収めてきましたのでギャラリー形式でお送りします。
一緒に世界遺産に登録されても良かったのではないかと思うくらいの施設でした。
埼玉県本庄市 本庄市立 塙保己一記念館(はなわほきいち)
記念館の右側にある駐車場に車を駐めました。65台駐められる広い駐車場です。
入館料は無料です。
塙保己一については、まったく知りませんでした。カミさんは名前だけは知っているとのことで、とても驚いたと同時に、いったいどういう人なのだろうと興味を持って拝見しました。
簡単に記載しますと、盲目の国学者ということなのですが、その偉業は盲目でなくても大変だと思われることを成し遂げた人なのです。
塙保己一は7歳で失明し、15歳の時に江戸に出ます。その後、江戸時代後期の盲人音楽家・鍼医であり、最高位の検校と言われる盲人一座の雨富須賀一(あめとみ すがいち)の弟子になり、修行を積むかたわら国学者である賀茂真淵らに学び国学への道に進みます。
34歳の時に「世のため、後のため」に「群書類従」の編纂を決意し、40数年の年月をかけて失われつつある各種文献を収集してまとめた「群書類従」正編666冊を完成させました。
また48歳で「和学講談所」を設立し、多くの門徒を育成し国学の発展に大きな業績を残し76歳で亡くなりました。
その業績を「塙保己一の生涯」(約12分)と「はなわほきいちものがたり」(約27分)のビデオを観て学びました。
その業績や、愛用した品、「群書類従」を展示してありましたので、ギャラリー形式でお送りします。
(まったく知らなかったものが言うことではありませんが)ここは基礎知識として拝見しても良いところだと思いますね。
埼玉県本庄市 雉岡城跡(城山公園)きじおか
車は公園の入口にある駐車場に駐めました。3台程度駐められると思います。
雉岡城は関東管領・山内上杉氏の家臣、夏目豊後守定基の居城です。武蔵から上野へ至る交通の要衝であったこともあり、平井城の前衛地点として重視されましたが、北条氏邦に攻略され横地忠春が城代をつとめています。天正18年(1590年)の小田原征伐では前田利家率いる北国勢に攻められ落城しました。その後、徳川家康の関東入封後は松平清宗が1万石で配置されましたが、清宗の子・家清が「関ケ原合戦」の功績により三河吉田城へ加増移封されたため廃城となりました。
縄張り図が書いてあるのですが、今どこにいるのかが書いてないので、それを理解するためにしばらく時間がかかりました。
雉岡城跡入口です。
高くなったところに上ってみましたが、そこがどこなのかもまったく書いてありませんでした。
空堀の下に夜泣き石があって、ようやく僕らのいる位置がわかりました。
親子に相当する石が2つあります。
言い伝えは、こちらをご覧ください。
本丸跡
空堀
二の丸跡
所要時間は約20分でした。
お昼ごはん
埼玉県本庄市 もつ煮定食 五郎〇
今日のお昼は、こちらでいただきました。
もつ煮定食(並)900円です。(ご飯は2/3に減らしてもらっています)
こんにゃくと、もやしの炒め物が入った小鉢は、いくつかある中から好きなものを2つ選べるようになっていました。
このもつ煮が、ものすごく美味しかったです。柔らかくて、あと味として何とも言えない美味しい味が口の中に残るのです。家に帰ったら真似して作ってみようと思っていますが、どうやったら、このような美味しい味になるのかがまったくわかりません。
また、食べたいと思うもつ煮です。
いかん、いかん。ご満悦おばさんの感想を書くのを忘れるところでした。
「もつ煮は、おかずには向かない。お酒のおつまみでいただきたい」とのことでした。聞くんじゃなかった。
食材調達
今日の晩ご飯は、外食にしますので食材の調達はありません。
お風呂
群馬県藤岡市 藤岡市元気サポートセンター ふじの花
入浴料は600円です。
所感:壁はコンクリート打ちっぱなしで、浴槽は水色のタイル貼りのプールのような浴槽です。温泉でもないのに、この値段は少し高いかなと思います。
浴場諸元 泉質:沸かし湯、内湯2(22㎡、2m x 2m)、洗い場10ヶ所
到着
群馬県藤岡市 道の駅 ららん藤岡
今日は、こちらにお世話になります。
今日の晩ご飯は、こちらにあるお寿司屋さんでいただく予定です。
では、また明日。









































