宮崎県高鍋町 舞鶴公園にある萬歳亭はなれ

本日のサマリー

24日目:宮崎県都農町〜日南市

走行距離 103.8Km

今日は、高鍋町にある高鍋城跡(舞鶴公園)を訪れました。歴史ある石垣や堀などの遺構を巡るなかで、オオスズメバチに遭遇し三層櫓跡の手前で切り上げるなど、自然の洗礼を受ける場面もありましたが、併設の舞鶴神社では、御神木や鳥たちの姿に癒やされました。

特に印象的だったのは、二の丸文教歴史館で学んだ高鍋藩の歴史です。名君として知られる上杉鷹山公がこの地で生まれ、血縁を通じて山形の米沢藩と宮崎の高鍋藩が互いに影響し合いながら藩政改革を成し遂げたというドラマチックな物語に、深い感銘を受けました。

その後、日南名物の鍋焼きうどんで昼食を楽しみ、旅のひとつの区切りとして実家に到着しました。歴史の深さと地域の味に触れた、充実した一日となりました。

本日のルート

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出発

宮崎県都農町 道の駅 つの

お世話になった道の駅です。

この道の駅は、国道10号沿いにあり、都農神社に隣接しています。物産館「門前市場」には、都農町の野菜・果物・魚介類や加工品、お弁当やお惣菜が並びます。24時間トイレは、建物に向かって右側に中くらいのトイレがあります。

道路を挟んで斜め前には、スーパーがあります。

道の駅の朝です。朝になると小雨になりましたが、昨日の夜から朝にかけて、時々ものすごい豪雨となりました。台風が近づいている影響なのかもしれません。

泊まった普通車は十数台でした。

ここは、いい道の駅だと思います。

訪問先

宮崎県高鍋町 高鍋城跡(舞鶴公園)

舞鶴公園 駐車場に車を駐めました。

高鍋城跡は、江戸時代に秋月氏が居城とし、高鍋藩の拠点となった城の跡です。鶴が羽ばたく姿に似た地形から「舞鶴城」とも呼ばれ、現在は史跡公園として整備されています。園内には石垣や堀などの遺構が残り、二ノ丸文教歴史館や舞鶴神社、秋月家11代当主・秋月種樹の邸宅を復元した「萬歳亭はなれ」もあります。

岩坂門跡です。

布積みの切込接ぎで、隅部は算木積みになっています。

城跡の至る所に、この小さな燈籠のようなものが置いてありました。

戊辰戦争の招魂碑がありました。

詳しくは、こちらをご覧ください。

長峰門跡です。礎石のようなものがあるだけでした。

高鍋城本丸政庁・奥御殿跡です。

りっぱな御殿だったようです。

この坂を上り終えたところに高石垣があるのですが、草に覆われていて気づきませんでした。写真では、少し見えます。

一部露出しているところは撮ってました。

もうすぐ三層櫓跡に着くというところで、オオスズメバチが飛び回っていて進めませんでした。眺めも良さそうだったのですが、刺されたらたまりませんので、退散しました。

宮崎県高鍋町 舞鶴神社

高鍋城跡(舞鶴公園)に鎮座する神社です。明治4年(1871年)、城内にあった5社を合祀し、旧城名にちなみ舞鶴神社と称したと紹介されています。

桟瓦葺期で縋向拝の付いた入母屋造平入の拝殿です。

本殿は、三間社入母屋造平入でした。御祭神は、品陀和気命(ほんだわけのみこと)、住吉三筒男神(すみよしみつつおのかみ)、武内宿禰(たけのうちのすくね)、菅原道真(すがわらのみちざね)、漢高祖(かんのこうそ)、熊野三神(くまのさんじん)、闇淤加美神(くらおかみのかみ)、財部貞綱(たからべさだつな)、大蔵春実(おおくらはるざね)、後漢霊帝(ごかんれいてい)、阿知使王(あじしおう)、秋月家歴代神霊(あきづきけれきだいしんれい)、秋月種毀(あきづきたねとみ)、秋月種樹(あきづきたねたつ)だそうです。

ヤマガラと思われる鳥がたくさんいました。

境内には、旧八幡宮の御神木とされる「高鍋の大クス」もありました。

これです。

高鍋城跡(舞鶴公園)、舞鶴神社をあわせて所要時間は30分でした。

宮崎県高鍋町 高鍋町二の丸文教歴史館

入館料は210円です。

入口にあった持田古墳群と宮崎平野にある古墳群の資料以外は撮影禁止でした。ここは、高鍋藩の歴史や藩校「明倫堂」を中心に紹介する資料館です。

なんと、上杉鷹山がここで生まれ10歳まで過ごしたことを知りました。要点を簡単にまとめておきますと

伊東家と秋月家と上杉家の関係

高鍋城(舞鶴公園)は、かつて日向の覇者・伊東家が日向国内に設けた四十八城のひとつ「財部城(たからべじょう)」を前身とし、江戸時代に秋月家が治める高鍋藩の居城となった歴史の舞台です。

戦国時代には激しく敵対した両家ですが、江戸時代には婚姻によって深く結ばれ、日本を代表する名君・上杉鷹山(秋月直松)が誕生しました。その驚くべき血縁関係の構成は以下の通りです。上杉鷹山の

  • 父:高鍋城を居城とする高鍋藩の第2代藩主・秋月 種美(あきづき たねみつ)
  • 母:かつての宿敵であり、隣国を治める飫肥(おび)藩主・伊東 祐由(いとう すけよし)の娘(おむらの方)
  • 祖母:遠く離れた山形の米沢藩主・上杉 綱憲(うえすぎ つなのり)の娘(父・種美の母親)

この数奇な巡り合わせにより、かつて城を巡り血で血を洗う戦いを繰り広げた「秋月家」と「伊東家」、そして山形の「上杉家」という三家の宿命の血脈が一つに溶け合いました。この奇跡の絆が縁となり、鷹山は後に上杉家へ養子に赴き、偉大な名君へと成長していくことになります。

また、鷹山が米沢藩主として歴史的な大改革を行っていたとき、故郷・高鍋藩の当主となったのが、鷹山の実の兄である第7代藩主・秋月種茂でした。

  • 文通で支え合った改革:遠く離れた山形と宮崎でしたが、兄弟は頻繁に手紙を送り合い、藩政改革の愚痴やアドバイスを交わしていました。
  • 弟の成功を見て、兄も動く:弟(鷹山)が米沢藩の改革で大成功を収める姿に刺激を受けた兄(種茂)は、高鍋藩で「明倫堂」を創設し、自らも名君と呼ばれる改革を行いました。まさに「宮崎の高鍋藩」と「山形の米沢藩」は、秋月家の兄弟の絆によって、同時期に奇跡の復興を遂げたのです。

高鍋城跡は、このドラマチックな歴史の交差点を今に伝える貴重な場所であることを学ぶことができました。

宮崎県高鍋町 萬歳亭はなれ

高鍋藩主秋月家11代当主・秋月種樹の邸宅にあった離れを復元した建物です。秋月種樹の次男・種英が書斎として使ったと紹介されています。建物の周囲には簡素な庭があり、水琴窟の音色も見どころです。

宮崎県宮崎市 apollostation 佐土原中央SS

宮崎は、ガソリン価格が高めだと思います。ここは、161円/Lだったのですが、店員さんのアドバイスによるアプリクーポンの利用で5円引きとなり、156円/Lでした。

お昼ごはん

宮崎県日南市 うどん屋 まごころ 道の駅きたごう店

道の駅 きたごうに立ち寄りました。

今日のお昼は、こちらでいただきました。

日南名物 鍋焼きうどん(並)1,000円です。

甘めの汁に、やわらかいうどんでした。普通の鍋焼きうどんと比べて、特別に変わったところはありませんでした。

今日のご満悦おばさんは、肉ぶっかけおろしうどん(並)900円です。

甘辛く味付けした牛肉がおいしいとご満悦のご様子でした。

到着

宮崎県日南市 実家

実家に到着しました。

しばらくの間(一週間程度)滞在しますので、その間ブログ更新はお休みさせていただきます。

では。