中央構造線 長篠露頭、馬場美濃守信房の墓、設楽原歴史資料館、設楽原決戦場・馬防柵、牛の滝、三河國一之宮 砥鹿神社
愛知県新城市にある牛の滝
3日目:愛知県新城市〜名古屋市
走行距離 96.8Km
愛知県新城市の道の駅を出発し、中央構造線の長篠露頭や馬場美濃守信房の墓を訪ねました。長篠・設楽原の戦いを学べる設楽原歴史資料館では、火縄銃や馬防柵、三段撃ちの真偽に迫る展示を見学し、その後は実際の決戦場に残る馬防柵まで歩いてみました。牛の滝では雄滝と雌滝の自然を楽しみ、豊川市の砥鹿神社にも参拝。昼食には道の駅で唐揚げ定食や新城カレーうどんを味わい、歴史と自然、食を満喫した一日になりました。
本日のルート
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出発
愛知県新城市道の駅鳳来三河三石
道の駅の夜です。静かな夜でした。
ここには車が数台駐まっていましたが、泊まった人なのかどうかは確認できておりません。ここの道の駅の詳細につきましては、前回の投稿をご覧ください。
訪問先
愛知県新城市 中央構造線 長篠露頭
JA愛知東 こんたく長篠の駐車場に車を駐めました。長篠露頭を見に行かれる方は、みなさんこちらを利用しているようです。
駐車場の反対側に露頭への入口がありました。
入って200mほど行ったところに案内板がありました。
林の中に入っていくようです。
川に向かって下ったのち、今度は川沿いの道を歩いていきました。
すると、すぐにここから観るんだなという場所がありました。
説明板がありました。中央構造線は関東から九州まで延びる日本最長の断層系で、ここでは外帯の結晶片岩と内帯の断層岩(花崗岩源のマイロナイト)が重なる様子を観察できます。
この写真に相当する場所を観ると
こんな感じでした。残念ながら、外帯の結晶片岩は確認できませんでした。
ここの川床は、花崗岩源のマイロナイトでできているようです。
残念ながら中央構造線をはっきりと確認することはできませんでした。しかし、これまでもいろいろなところで見てきています。興味のある方は、このブログの検索窓で「中央構造線」と検索していただければ出てきます。以前、ここを訪問しようと思って忘れていたという記事まで出てきました(笑)
愛知県新城市 馬場美濃守信房の墓
露頭の近くに馬場美濃守信房の墓がありました。馬場美濃守信房は、武田信玄・勝頼に仕えた武将です。1575年の長篠・設楽原の戦いでは、敗走する武田勝頼を逃がすために殿軍を務め、勝頼の退却を見届けた後に戦死したと伝えられています。
ここは馬場美濃守信房の首を埋めて弔った場所であり、討ち死にしたとされる史跡は、新城市出沢字前畑付近にあります。愛知県東三河県庁の案内では、そこに馬場信房之碑があり、隣に馬場彦五郎勝行の墓もあるとされています。
明治24年(1891年)に建立された「馬場信房殿戦忠死之碑」(左)と、最初の墓石とみられる自然石(右)が並んでいました。ちなみに、長篠城址は、ここから東へ約500mのところにあります。
愛知県新城市 道の駅 もっくる新城
途中立ち寄りました。ここは、早朝から乗り合わせなどをする場合の車の放置を禁止するアナウンスが流れます。とても大きな音なので、車中泊をされる場合には、覚悟が必要です。僕らは、ここは利用しません。
モーニングをやっていました。いろいろなものが高くなるんですね。
愛知県新城市 設楽原歴史資料館
設楽原歴史資料館 第一駐車場に車を駐めました。設楽原歴史資料館のすぐ隣にあります。
岩瀬忠震(いわせ ただなり)さんの銅像がありました。
幕末に活躍した日本の幕臣、外交官だそうです。
入館料は400円 (JAF特典でポストカード)です。入り口に「最大級の大鉄砲」なるものが展示されていました。
カモを狩るために使われていたものかもしれないと書いてあります。
展示内容は、こちらになります。
戦国時代、このあたりで起きた合戦に関する説明です。長篠、設楽原の合戦だけでなく、細かな合戦について簡単にまとめてありました。
その合戦に関連する展示物です。馬防柵にも、徳川、織田、それぞれに特徴があることを知りました。
鉄砲に関する展示です。陶器で出来た磁砲が面白く、元寇の際に元軍が使用した爆発兵器である「てつはう」と同じものではないかと思いました。
設楽原の合戦で有名な三段撃ちは本当にあったのかという謎に迫る展示です。メリット、デメリットが述べられており考察が面白いです。
設楽原の鉄砲や、付随する道具などの展示です。
新城城に関する展示です。もともとは新城(しんじょう)という地名だったものが新城城(しんしろじょう)が出来て、今の新城市(しんしろし)の呼び名のもとになったようです。
鉄砲入れやユニークな鉄砲などの展示です。脇差を抜くと、実はそれが鉄砲だとしたら相手はびっくりするだろうなぁと思ったものの、発砲するまで何だかわからないかもしれませんね。
入り口に銅像があった岩瀬忠震(いわせ ただなり)さんに関する展示です。
長篠・設楽原の戦いに関する展示だけでなく、火縄銃の展示など見応えのある資料館でした。
愛知県新城市 設楽原決戦場・馬防柵
設楽原歴史資料館の屋上から馬防柵が見えると書いてありましたので屋上まで行って見てみました。最初は、どこにあるのかまったく分かりませんでした。この中に写っています。
これでした。こんなに遠くじゃわかりませんよね。
このあと、歩いてここまで行ってみました。
このあたりは、設楽原の合戦場なので、いろんな方の碑がたくさんあります。
入口に着きました。
合戦屏風絵図がありました。
せっかくなので、知っている武将をアップで撮っておこうと思いました。
ここまで撮ったものの、キリがないので、この辺でやめにしました。
着きました。車で来ている人もいましたが、駐車場がないことと、地元の方が使用する細い道路を通ってくることになるので、設楽原歴史資料館から歩いてきて正解だったと思いました。
武田の騎馬隊が敗北することになった理由のひとつである馬防柵です。
これは徳川軍の馬防柵で、
こちらが織田軍の馬防柵です。出入り口の形状が違います。
鉄砲の三段構えを復元したところです。
先ほどの資料館には、本当に三段構えがあったのかということに関する展示がありました。
愛知県新城市 牛の滝
牛の滝駐車場に車を駐めました。
トイレがあって車中泊が出来そうです。しませんけど。
駐車場の入口近くに滝へ降りていく道がありました。
石段で出来た道を降りていきます。
不動明王様ですね。
この滝に関する説明がありました。ここにあるポットホールは下からでは観ることが出来ないようです。
滝つぼ周辺は一年を通じて湿潤な環境で、シダ類などの自然植生が残されているそうです。
高さが10m、幅2mある雄滝です。
さらに下流には、高さ4m、幅4mの雌滝がありました。
駐車場からすぐ滝に行くことができるところでした。
愛知県豊川市 三河國一之宮 砥鹿神社(とが)
砥鹿神社参拝者駐車場に車を駐めました。この駐車場は表神門のすぐ近くにあります。
十六葉八重表菊ですね。皇室と何か関係があるのでしょうか?
これが神紋なんですかね。十六葉八重表菊に似ています。調べてみたところ、「似ている」のではなく、「格式の高さから使用を許された皇室の菊紋」の中に「神社本来の歴史を表す占い(亀卜)の紋」を組み合わせているのだそうです。
ちなみに、御祭神は大己貴命でした。
日本一大きいさざれ石だそうです。もっと大きなさざれ石を見たことがあるような…。
銅板葺千鳥破風付き入母屋造平入の拝殿です。
本殿は、ここから先への立ち入りが出来ず、見えませんでした。
お昼ごはん
愛知県新城市 道の駅 もっくる新城 フードコート
今日のお昼は、長篠設楽原古戦場から道の駅まで戻って、こちらでいただきました。
鳥料理がいろいろあります。
とりとろ唐揚げ定食1,060円にしました。とりとろとは、手羽元と胸の間の肉だそうです。
とりとろという部位ですが、僕はもも肉の方がいいと思いました。もも肉と胸肉の中間のような食感でした。唐揚げは、からっと揚がってはいるものの、お肉にはあまり味がありませんでした。満点を10点とし、「中津からあげ 総本家もり山 三光本店」の、以前、僕が食べた時の唐揚げを9点とする唐揚げ採点基準に基づけば5か6点と言ったところでしょうか。
今日のご満悦おばさんは、新城カレーうどん1,080円を選びました。手羽先は普通であるものの、カレーがスパイシーでとても美味しかったそうです。最後にご飯でカレーをいただけたとご満悦のご様子でした。
鶏半身唐揚げ定食にした人がいましたが、とても大きな唐揚げでこれにしなくてよかったと思いました。興味のある方は、ぜひチャレンジしてみてください。
到着
長女の家
今日は、長女の家に泊まります。
では、また明日。






















































































































