旅レポート

戸田(へだ)2

今回の旅は、ゆっくり観ながら回ろうと思っていますので、今日は戸田を散策してみることにしました。

戸田村は平成7年(2005年)に沼津市に編入され、今は沼津市となっています。

幕末にロシアのプチャーチンが帆船ディアナ号で遭難し、代わりにここ戸田でヘダ号を作ってあげました。このヘダ号の造船には多くの船大工が参加し外国の造船技術を習得したのちに日本中の造船所でその技術を広めたと言われています。

また、ここ戸田はタカアシガニ(大きいもので足を伸ばした長さが4mになる)が有名です。個人的な感想としてあまり美味しいカニではありません。

まず、勝呂(すぐろ)弥三兵衛屋敷です。代々戸田村の名主や漁名主を務めた勝呂家の屋敷です。江戸城などの築城の際に石を収めた石丁場を5ヶ所管理していました。

プチャーチンの宿として使われた宝泉寺です。

戸田にはプチャーチンロードと呼ばれる通りがあります。この通り沿いにある防潮堤跡です。ここがかつての戸田の海岸線でした。

戸田のマンホールには帆船ヘダ号とタカアシガニが描かれています。

ここは明治から昭和にかけて海運業で栄えた杉山家の店蔵です。当時は最先端の商品を取り揃えており戸田のデパートと呼ばれていました。

廻船業で成功した初代戸田村の村長の自宅(辻家住宅)です。屋根付き門や蔵が江戸時代の賑わいを想像させるらしいです。

プチャーチン提督と江戸幕府が、和親条約改訂の際に交渉の場として使った寺院、大行寺です。

明治初期に戸田の廻船業で栄えた松城兵作が建てた住宅です。伊豆の長八の漆喰こての絵が配されているらしいのですが、ただいま改装中でした。観たかったです。

戸田港の水はとても透き通っています。

のんびり旅なので、今日のお昼はマリンマーケットでお弁当を買って海を見ながら食べることにしました。ちなみに戸田には大きなスーパーがありません。食材を調達するのに苦労すると思いますので、ここに来る前に調達してくることをお勧めします。

御浜海水浴場駐車場に車を駐めてお昼です。最高の贅沢ですね。

前を見れば大きな船が駿河湾を航行していきます。

富士山もよく見えます。

戸田港と富士山と五社稲荷神社です。

本当にきれいな海です。

今日も、昨日と同じ道の駅くるら戸田に泊まります。ちなみに「くるら」とはこの地方の方言で「来るでしょ?」という意味があります。なのでまた来ました。また壱の湯に入ります。

では。

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